猫ふんじゃった、でも犬ふんじゃったでもない。実話「蠍ふんじゃった」。

猫ふんじゃった、でも犬ふんじゃったでもない。実話「蠍ふんじゃった」。
タイの田舎、イサン地方に家を建てた。
新築。夢のマイホーム。
そこで私を待っていたのは、犬でも猫でもなく――蠍だった。
しかも室内。
しかも素足。
しかも、しっかり刺された。
夜の床に潜む「想定外」
夜、トイレに行こうとして、いつものようにペタペタ歩いた。
その瞬間、
ズキッ!!!
足の裏に走る、はっきりした痛み。
レゴでもない。
画びょうでもない。
明らかに
「生き物にやられた」痛み。
電気をつけると、
そこにいたのは小さな蠍。
猫ふんじゃった、でもない。
犬ふんじゃった、でもない。
人生で一度も想定していなかった、
蠍ふんじゃった。
小さいのに、本気で痛い
サイズは小さい。
見た目は「まあ、かわ…くはない」。
だが痛みは本物。
-
チクッ → ズキズキ
-
足の裏がじんじん
-
地味に長引く不快感
「これ毒だよね?」
「病院?」
「人生ここで終了?」
そんな言葉が頭をぐるぐる回る。
イサン流の慰めが雑すぎる
この話をすると、
イサンの人たちは笑って言う。
「小さいなら大丈夫」
「普通だよ」
「イサンあるある」
あるあるで済ませないでほしい。
数日後、上位互換が現れる
これで終わりだと思った数日後。
夕方、家の外壁に視線をやると――
でかい蠍。
明らかにレベルが違う。
先日のはチュートリアル。
こっちは本編。
「来たな……」
そう思って一瞬目を離したら、
消えた。
外に?
草むらに?
それとも……家のどこかに?
見えない恐怖と、信仰心
そこから私は、
夜になると床を見るようになった。
スリッパを履くようになった。
そしてなぜか、
南無妙法蓮華経
を毎日唱えるようになった。
理由は単純。
-
蠍よ、来るな
-
家よ、守れ
-
できれば平和に
唱えていると、
怖さが少しだけ笑いに変わる。
結論:イサンでは信仰も防御力

それ以来、
あの大きな蠍は現れていない。
唱題のおかげか。
偶然か。
蠍が引っ越したのか。
真実は分からない。
ただ一つ言えるのは、
イサンの田舎では、
猫を踏むより先に蠍を踏むことがある。
新築でも。
室内でも。
素足の夜に。
今日も私はスリッパを履き、
床を確認し、
静かに唱える。
南無妙法蓮華経。
猫ふんじゃった、でも犬ふんじゃったでもない。
これは、
実話「蠍ふんじゃった」。



















