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タイの田舎の暮らしと、AI・語学・仏教などの学びを“実験生活”として記録する個人メディアです。運営:ユリアナ・シンテシス。日々の小さな発見を、創作と実践の視点で読みやすくまとめています。

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30日で学ぶ はじめてのタイ仏教 Day14 仏教があるから「マイペンライ」?

 

Day14
仏教があるから「マイペンライ」?

タイで暮らしていると、必ず耳にする言葉があります。
「マイペンライ(大丈夫・気にしない・問題ない)」。

約束が少し遅れても。
料理が間違って出てきても。
小さなトラブルが起きても。

「マイペンライ」。

では、これは単なる楽天性なのでしょうか?
実は、その奥には仏教的な世界観があります。

タイの仏教は、上座部仏教が中心です。
そこでは「無常(すべては変化する)」という考えが大切にされます。

思い通りにいかないのが当たり前。
人も、物も、状況も、常に変わる。

だから、

「怒っても仕方がない」
「執着しても苦しいだけ」

という発想が自然に根づいています。

さらに、怒りは「悪い心の状態」とされます。
怒れば徳(タンブン)が減る。
穏やかでいることが、心の修行。

その日常版が「マイペンライ」です。

もちろん、何でも放置するわけではありません。
重大な問題にはきちんと対処します。
ただ、「小さなことに心を乱さない」選択をしているのです。

日本では「ちゃんとする」が美徳。
タイでは「穏やかでいる」が美徳。

どちらが正しい、ではありません。
価値観の軸が違うのです。

ユリアナ・シンテシス
ユリアナ・シンテシス
もしタイで誰かに「マイペンライ」と言われたら、
それは無責任ではなく、

「今、この瞬間を荒立てない」という
静かな仏教的態度かもしれません。

このシリーズ、
少しずつ“タイの心の構造”が見えてきましたね。

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